「わいせつ教員対策法」は子どもを守るのか

「わいせつ教員対策法」が急遽成立したが、学校で現実起きている性暴力から子どもを守るには、程遠い現実が見えた。わいせつ被害に遭った中学生(被害当時は小学生)と保護者が東京都公立小学校教員らを提訴したのスクールセクハラ裁判から課題を考えた。
郡司真子 2021.09.09
誰でも

わいせつ教員対策法スピード成立

児童生徒へのわいせつ行為やセクハラ行為で懲戒処分などを受けた教員は、近年増加傾向にあり、2019年度は、273人。わいせつ教員新法は提出から1週間という異例の早さで成立した。セクハラ行為を児童生徒への性暴力と明確に位置づけ、人権侵害であると定義したことは評価できるが、具体的な方策や罰則などは記載がなく、今後審議を進めていくという。新法では、性暴力が起きた場合、警察が介入するとされている。

2020年9月末、わいせつ教員の免許更新に反対する保護者団体が5.4万もの署名を集めたことが大きく報道された。学校性暴力に関する裁判も注目され、特集番組の放送、わいせつ教員への早期対策を促す主張が新聞社説で続き、世論の盛り上がりに与党議員WTが乗った形でのスピード成立だった。新法の中身は、今後も審議され具体的な中身が追加されることになる。法律化されたことで、一定の予防効果は期待できるが、罰則規定がない、警察介入が明記されているが、起きてしまった性暴力をどれくらい立件できのだろう。実情としては、物証が残せない学校内の性犯罪から新法で子どもが守れるかは、不安がある。

受理されない、起訴されない性暴力がほとんど

学校性暴力事件は毎日のように報道されているが、警察が受理すること自体に大きな壁がある。学校性暴力で警察に相談、受理された件数の低さについては、2020年のSpringの調査で明らかにされた。

Springアンケート調査から

・どの出来事内容においても“いいえ〈警察に相談していない〉”と答えた人が“はい”に比べて多く、80%以上であった。

・警察相談に至るまでの年数は、平均約7〜9年であった。

・“警察に相談した”うち、“警察で被害届が受理された”という回答は、いずれの被害でも約半数であった。

・“警察で被害届が受理された”から“検察で起訴された”という回答は約1割へと減少する。

学校性暴力、子どもへの性暴力は被害者が周囲になかなか相談できない。相談できても、数年かかり時効を迎えてしまうケースも多い。やっとの思いで相談しても受理されず、受理されても、不起訴となってしまうケースがほとんどであり、毎日のように報道されている学校性暴力事件も、ほんの氷山の一角だと言える。

この調査と集計には、東京都公立小学校教員らを訴えた裁判原告の母親が参加した。

東京都公立小学校で起きた加害と裁判

東京都内の公立小学校で担任教諭らによるセクシュアルハラスメントも含め、体罰など様々な学校ハラスメントを受け、PTSDを発症、自殺未遂に至るまで苦しんだ現在中学生Aさんが国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めて20019年に提訴、本人訴訟から代理人訴訟に変え、2021年8月31日に判決を迎えた。

原告Aさんは被害に遭った直後から、地元警察、地検に相談するも、刑事事件として立件できなかった。民事裁判でも、原告の訴えは、加害に遭った証拠が不十分として棄却された。Aさんと保護者は控訴審で争うとして、控訴のための支援を求めている。

小学校内で児童が教員からセクハラを受けた場合、携帯電話や電子機器の持ち込み制限があるために立証するための物証が残しにくい。小学生が教員からの性暴力やハラスメントに構えて証拠を保全するなど、到底無理だ。しかし、証拠がないと訴えても認定されない。私立校では、防犯カメラを設置しているところも増えてきたが、死角を狙った犯罪も報告されている。録音も録画もできない状態では、証拠が残せない。

被害者側の立証責任が重く、損害賠償額も多く見込めないために、性暴力についての民事裁判を受任すると、弁護士事務所が維持できないと考える弁護士は多く、受任する弁護士自体、とても少ない。性暴力被害者は、警察での受理のハードルが高い上に、民事裁判を起こすことも難しい。

原告Aさんの父親が病に倒れ、本人訴訟で起こした裁判に出廷できなくなり、Aさんは代理人弁護士を見つけなければならなくなったが、受任する弁護士がなかなか見つからず、大変な苦労をした。本人訴訟で訴状作成をアドバイスした弁護士は、代理人訴訟について相談すると音信不通になった。他にも弁護士を探したが、話は聴くが受任はできないという弁護士ばかり。困り果てているところに、近所で開業していた弁護士が声をかけてきた。Aさんは、藁をもつかむ思いで頼るしかなかった。しかしながら、この弁護士は、司法面接やレイプシールドの配慮もなく、被告との和解を勧めるばかりで、Aさんの意向を汲まない行動が続いた。最終的には、裁判の途中、原告の許可なしに解任届を裁判所に提出して、判決前に裁判を放り出した。Aさんの裁判の支援団体の関係者からの紹介で急遽受任する他の弁護士を見つけ、裁判の再審議を求めたが、裁判所が認めず、棄却という判決を受け入れるしかなかった。Aさんと母親は、新しい弁護士とともに、控訴審で自治体と教員らの責任を追及する。

スクールセクハラ、学校性暴力に対策はあるのか

  • 幼児期からの性教育、人権教育

  • 教員養成課程からの研修、学校内での教員への指導

  • 学校内の防犯体制

  • わいせつ教員対策法の充実

  • 被害にあった子どもへの司法面接・常設の第三者機関が必要

  • 軽微だと思われてきた加害やグルーミングの徹底的な処罰

Aさんの裁判事例で見ると、Aさんが教員からの行為に不快を保護者に訴え、保護者が実態を把握するまでに時間がかかっている。目撃した子どもたちがいるが、教員による問題行動として証言することを様々な理由で躊躇した。学校では目撃証言を得ることは困難だ。小学生の子どもたちが教員からセクシュアルハラスメントがあるかもしれないことを予期し、自衛や予防するなど、とても負担が大きい。できるとすれば、幼児期からの性教育を徹底させることと、教員側の育成と指導を構造から変えることだろう。

証人尋問で明らかにされた内容によると、教諭による児童への不適切な言葉かけ、タッチ、一対一で呼び出すという不適切行動があり、これについては、問題の教諭も上司から指導を受けていた。

加害教員はあまりにも無責任で、無自覚に子どもを消費していた。子どもが失敗したり、おっちょこちょいな行動をすることがかわいいと感じたと証言した。「Aさん、かわいいねえ」という教員の言葉と、なでたりつつく行為により、Aさんは強いストレスを感じ、クラスでのいじめや生きづらさの中で自殺未遂に至った。

教員ひとりひとりが自身の指導に責任を持ち、子どもを傷つける行為をしていないか、子どもたちのいじめを誘発する行為ではないかへの想像力を持っていさえすれば、Aさんはこれほどまでに苦しむことはなかったのではないか。軽い気持ちで子どもを傷つける人は教壇に立ってはいけないのではないか。児童が心身の不調を学校に申し出た際に、学内で検証なり担任教員への管理職からの指導研修が行われたとすれば、事態は違っていたのかもしれない。

実際に、Aさんの担任教員は、裁判が始まってから、「かわいいね」という言動やなでる、つつく行為を管理職から咎められ、同様の行為をしないように指導されたことが裁判でも明らかになった。

地裁判決を受けて、Aさんと母親へ今後の学校教育に望むことを尋ねた。校内犯罪への防犯のシステムの構築、防犯カメラ、校内パトロール、子どもと教員が一対一にならないこと、個別指導が必要な時は、保護者を含め、複数の教員で対応すること、教員への性教育、何がセクシュアルハラスメントにあたるか、教員への徹底指導を願っている。

わいせつ教員対策法についても、諮問会議が被害者の声に耳を傾け、子どもたちが被害後心身ともに後遺症に苦しんでいる事実を知ってほしい、学校内では、わいせつ行為の証拠が残しにくい問題を解決しないと、子どもたちを守れない。

わいせつ教員対策法に罰則条文を入れること、常設の第三者機関を自治体レベルで設置することが当面の具体的な目標と強調した。

またAさん家族と支援団体では、子どもたちがセクシュアルハラスメント、学校性暴力に遭わないための絵本出版を計画している。

追記

わいせつ教員対策法成立は、大きな一歩だが、運用面で問題が多い「いじめ防止法」と同様に校長会などの権力からの意見で、子どもの権利が蔑ろにされてしまわないか、絵に描いた餅状態で、与党のやっている感の象徴にされるだけなのではないかと、不安の声が保護者団体、被害者支援団体から上がっている。教育委員会から独立した第三者機関の常設が理想だが、縦割り行政の壁がある。批准したまま運用されていない「子どもの権利条約」に則った更なる法整備が必要だ。国際法を盛りこんだ法改正は、締結国の義務だ。

裁判を傍聴し、証人尋問でまだ中学生である被害者が、PTSDやフラッシュバックで苦しみながら証言台に立っていたにもかかわらず、ついたてなどを用意するなどの加害教員と顔を合わせないための配慮もない裁判に疑問を感じた。現状、レイプシールドなど、二次加害防止のための配慮は、原告側の弁護士の能力に丸投げされていて、裁判所が積極的に取り組むことがないのも問題だ。しかも、証人尋問で原告が被告弁護士から厳しい質問をされて、言葉を絞り出すように回答していたさなか、裁判長と向かって左の判事が居眠りしていた。その直後に裁判所から和解勧告が出されたのも、あまりにも残酷に感じた。

刑法改正審議で、レイプシールドなど、性暴力二次加害防止については、話し合われたが、明文化されることが見送られ、裁判所、警察などの独自の研修などで行っていけば良いという考え方が委員の共通理解であるという。

日本の司法には、被害者中心主義の考え方がまだまだ足りず、性暴力二次加害という概念も浸透していない。Victim/Survivor Focusを社会に広めていくことも今後の課題だ。

取材:郡司真子

郡司 真子 Masako GUNJ I 

ジャーナリスト 

民放アナウンサー兼記者を経て、通訳、翻訳、編集。不登校保護者会発起人、発達凸凹の子どもたちのための塾「るりえふ」代表

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