「エロい子」と自認する人たちのはなし

成人年齢引き下げに伴い新成人となる18歳19歳が意思に反して、アダルトビデオ(AV)出演契約を結んだ場合、救済が難しくなる問題で、元AV出演者当事者と支援職の団体は、国に対策を求める約4万の署名を法務省や内閣府など6つの省庁の担当者に手渡しました。これに関連し、憧れてAV業界に入っていく背景を取材しました。
郡司真子 2022.04.09
誰でも

AV出演は、巧妙な勧誘で自分の意思に反し出演契約を結ばされる人のほか、経済的な事情でやむなく出演に踏み切る人やキラキラした華やかな一面への憧れなどから自ら出演に同意する人たちも多い現実があります。トラウマ治療専門医である、こころとからだ・光の花クリニック院長の白川美也子医師にインタビューしました。

(郡司からの質問) 成人年齢引き下げに関して、18歳19歳のAV出演契約取消権を守ろうという動きが支援団体、超党派国会議員を中心に活発になっています。騙されたり出演強要された人を法律で守ろうというスローガンが前面に出ています。国の担当者らも「強要はあってはならない、啓発を」という回答です。しかしながら、AV女優や男優、関係者に取材すると、むしろ、AV女優の煌めきやキラキラ感に憧れて自分から業界に入る人が多いという回答でした。私が相談を受けたケースも憧れを持って入って行ったり、自身をエロい子だと考えて出演してきた人たちがほとんどです。業界としてもエロい子、セックスが好きな子、奔放な子、エロティシズムを追求して楽しんでやってるという意識を持っています。私は署名運動に参加して、強要の問題として捉えることに加え、自らの意志で出演している人のことをもっと知らなければと考えました。

2022年3月25日署名提出院内集会配布資料より 郡司真子制作

2022年3月25日署名提出院内集会配布資料より 郡司真子制作

(白川美也子医師の回答)

◉エロい子とは

性的虐待、逆境体験、性的ネグレクト、虐待による孤立から危険な関係に巻き込まれやすく、早すぎる性的体験や性被害を受けた人たちが、AV出演で搾取されてることが現在も起きています。

その一端を、かつて『証言・現代の性暴力とポルノ被害ー研究と福祉の現場から』(2010年 ポルノ被害と性暴力を考える会編 東京都社会福祉協議会発行)に書きましたが、AV人権倫理機構の規制が厳しくなってからも、それは引き続き起きています。なぜならば、性的虐待などによる早すぎる性的体験や、児童期に性被害を受けた人たちは、PTSD症状による性的な快感を伴うフラッシュバックや侵入思考があったり、自然な性の目覚めを被害によってかき乱されたことによる性衝動の高さをもっていたり、早期に性的に扱われたことをトラウマ学習し、自分が過度に性的な存在だとアピールすることを学んでいます。そのような体験の総体から、自分が通常とは異なるセックスが異常に好きな「エロい子」だと思いこんでおり、AVという現場に自ら入っていくのです。しかし、その結末は、二次被害と売り物になることによる消耗です。そのメカニズムを説明していきます。

◉アダルトビデオ(AV)の影響について

前述著書にも書きましたが、「AVを視聴すること」の影響からして大きいです。ビデオに出てくる性描写は現実の性行動とは異なる、見る人を興奮させるための特有のAV文化としての暴力的な性行為が含まれます。顔射などはまさに見せるための演出です。そのようなものがセックスだという誤まった学習をしてしまいます。

◉同意のない撮影の悪影響

20年前には、グラビア撮影をすると騙されて、レイプされた後に放置され、PTSDを発症したという女性の治療をしたことがあります。それは犯罪行為の映像化でした。現在は、業界の努力で、AV人権倫理機構の規制が厳しくなり、契約時には、同意や精神疾患の有無などが問われるとも聞いています。しかし、それであれ、配慮の元に「同意をした」といっても、実際の撮影では、何が行われるか規定されていないことが多く、現場で女性が傷つく可能性が大いにありますし、実際に男優は演出のつもりで行ったことによって、女優が激しく傷ついたという例を聞いたことがあります。細かいシーンまで合意を取らないと、それは起こり得ます。もともと被害によって自分は「エロい子」だと思い込んでいる人は、前述のように、性的には実際は未成熟であり、性行為を求めるその根源は親の抱擁を求めるような寂しさからの行為であったり、自分をもっと汚したいというような衝動に基づく自傷的な行為であったりするため、撮影の現場が、トラウマの再演となって、性暴力を受けたことと同じような傷つきが起きる可能性があります。

◉性被害後のPTSD 

PTSD症状の主要3症状に、①再体験症状、②回避症状、③過覚醒症状があります。性被害後の場合、次のような症状が生じえます。

  • 再体験症状:被害の苦痛な体験がフラッシュバックする人もいれば、被害時に肉体が反応して生理的快感を感じさせられた人は、フラッシュバック時にボーッとしてきて、性的快感がフラッシュバックすることがあり、混乱させられます。

  • 回避症状:被害を思い出させるものごとを回避するだけでなく、被害そのものを否認し、むしろ性体験に突き進んでいくこともあります。

  • 過覚醒症状:不眠や興奮、怒りなどがありえます。

◉複雑性PTSDと、性化行動、性的自傷、トラウマの再演の関係

性的な欲望がないと種の存続がなりたたないわけだから、性というのは、人間のとても重要な衝動(ドライブ)です。子ども時代の性的な傷つき体験は、トラウマ学習という形で脳神経系に刻み込まれ、その後のその人の感じ方、行動パターンに深く影響を及ぼします。性的被害は、子どものセクシュアリティ、性行動に非常に大きな影響を与えるのです。

性被害者は、先に述べたPTSDの回避症状によって、性的なことに対する嫌悪とか男性に対する恐怖とか嫌悪を覚えるようになるというのが一般に想像される被害者像ですが、それは、通常の成育環境で、しかも、単回性の被害に遭った人に多いものです。

慢性複雑性の性的虐待や性的ネグレクト環境、複数回の被害に遭った人のなかには、性行為、男性を避けるという行動だけではなく、複雑性PTSDという病像を呈することがあります。PTSDの症状に加えて、自己組織化障害が出てくる。

自己組織化障害は3つあります。

  • 情動の調節障害、情動に加えて衝動の調節障害も起きやすく、摂食障害などと共に、性衝動がハイパーになる人がいます。そういう人たちが先ほどの「エロい子」―自分がエッチなんじゃないかと思ってしまっている人たちです。性的虐待の影響のひとつに「過度なオナニー」がありますが、オナニーに没頭する経験から、自分はエッチな女の子なんだという自己規定が生まれてしまいます。

2.  自分に対する否定的信念:自分が嫌いになることで、もっと汚れたいとか、自分を傷つける自傷行為としての性的な行動が出てくることがあります表向きすごく好きでやっているように見えることでも、自分を傷つけているという意識を持ちながらやってる子が大勢いますネガティブな考えが起きて、自分のせいだと思いやすく、不本意なことがあっても、撤回できません。私があんなこと望んだから、あんなめちゃくちゃなことをされても仕方がないと思い込んでしまうのです。また、拒否能力がなく、言いくるめられて、同意だね、同意だねって言われて、OKしちゃうっていうのもあります。

3. 3番目に対人関係障害です。これは、前の二つの悪影響とも言えるのですが、アサーティブな自己主張ができなかったり、感情的になりすぎて、対人関係うまくいかないことはよくあります。対等な関係で自分の権利を主張できないから、自己責任ではすまない部分があり、保護が必要です。

複雑性PTSDの示すこの3つの症状があってAV業界に入る人もいれば、AV業界に入ったことによって、一種の慢性的被害を受け続ける状態となってそうなる人もいます。

AVに対して敷居が低い子どもには、性的な被害によって、自分の親密な人とだけ性的な関係を持つというバウンダリーを壊されている人たちがいます。バウンダリーが壊されたことによって、敷居が低くなって、そういう世界に入りやすくなってしまっています。

また逆境体験や貧困で、学習体験を積むことができず、お金が得られるところがそこしかなかったりする人もいます。知的な障害があると、そこしか道がないと考えてしまいます

ASDの子どもが性に興味をもつと、こだわりの形で、そこに邁進していくこともあります。

いずれも自己責任論では済まない問題です。児童養護施設の子どもにも、成人してから、他の職種で成功できず、性的な業界に入って行く子ども時代に適切な支援がされなかった結果ですから、自己責任論に当てはめるのは難しい。さらにAVに入ると、傷つきの再演が起きるのです。

◉トラウマインフォームドケア:傷つきの再演を止める 

近年提唱され始めたトラウマインフォームドケアの視点では、トラウマが再演されないような、システムを作らなければなりません。トラウマインフォームドケアは、そういう方々のケアをするということだけではなく、そういう人たちが居やすい場所でのシステムを変えていかなければならないということがわかってきています。たとえばAV業界においても、そこに入ってくる人が、各種トラウマ、幼少期の虐待や特に性的なものがあった可能性があることを念頭においた活動をしないといけないんですそれは、単にケアするとか、撮影が大丈夫だったかとか、それによって気持ちが大変じゃなかったか気遣う、とかいうことだけではなく、再被害や再演を防ぐようなシステムを作らないといけない。これは、マストです。そのためにも「エロい子」と自認する子どもの同意が真の同意でない可能性がある、ということを知るべきです。ですから撤回権は何歳になっても重要なのです。自己責任論で終わらせるのではなく、背景問題の複雑さを踏まえ、さらに真の同意なのかというような問題が生じる現場が存続していいのか、真剣に社会は考えるべきだと思います。

薔薇 資料写真

薔薇 資料写真

◉追加質問

郡司:ASD、ADHD、性被害、いじめ、不登校、貧困も重なっていたり、保護者からの強要もあったり、アイドルになりたい子たちから性売買やアダルトビデオ出演、個人配信での搾取に繋がるケースが本当に多いんです。

白川:性的虐待や性被害というわかりやすい例だけでなく、児童期逆境体験および、知的障害や発達障害のお子さんがターゲットになりますよね。家庭環境の守りの弱さ、ときには家庭環境がウリに入って児童性的人身売買に近いことが起きているケースもありますね。

郡司:AVアイドルへのあこがれ、男性の性欲をコントロールしていることがかっこいいみたいなイメージをもって、業界に入っていくケースもあります。

白川:誰だって輝きたいところに、輝き方のモデルがそこにあれば、それは自然なことですが、中で何が起きているかは入ってみないとわかりませんね。また、男性に対する憎しみをそうやって、復讐する、男を見下しながら、金にして行くって行為に満足感を覚えている人もいます。

郡司:性で傷ついてきた人を性で癒したいという業界の人もいる。性に評価を与えて自信を取り戻してほしいという考えを持った人もいますね。

白川:性で癒したいという人には何人も会ったことがあります。また、私は意見書を書く仕事で何本もAVをみなければならなかった体験があるのですが、レイプ実録だけではなく、そういう監督がおられましたよね、DID(解離性同一性障害)の女性が出演によって癒えるというような。実際にそういことがおきることは全く否定はしませんし、性は確かに癒しになるけど、それだけではないですよね。性交だけで救われる人は、少ない。その癒される瞬間は映っていても、刹那的な関係におけるそれが、ずっと続くのかということになります。それ以上に、傷つきの方が大きいのではないかというのが率直な感想です。

郡司 真子 Masako GUNJI
@bewizyou1
傷を性交で解決するしかないと価値観が一元化され主体性が乗っ取られ、AV出演や性売買に吸収される。

癒されたと感じるのは、実は一時の夢みたいなもので、実は搾取であることに後になって気づく。気づけない場合は更に苦しむ。

性的自傷に必要なのは、性交ではなく、人として尊重される人間関係。
2022/04/04 09:12
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◉インタビューを終えて

私が出会ったAV出演経験のある人たちは、逆境や性暴力被害のサバイバーばかりだったこともあり、白川医師の説明に、これまで出会った人たちの苦しみの要因をトラウマインフォームドケアの視点で見つめ直すことができました。

この問題に気づいた時から、私からも周囲に説明を続けていますが、まだまだ社会には自己責任論とレイプ神話、「脱ぎたい女の権利を守れ」という搾取側に有利な眼差しが、エロいと言われる子たちや性暴力被害者、性売買に入った人たちに注がれているのが現実です。

インフルエンサー の社会学者が若い女の子たちの解離を利用して性行為を行う性暴力を推奨し、それをメディアが持ち上げるといる悲惨な状況もあります。

AV女優のセカンドキャリアとして伝えられるケースにしても、キラキラした一面だけが伝えられたり、社会の受け手側が消費したい欲で受け止めるばかりで、結局は犯罪の助長につながりかねないのではと思われるとりあげられ方がとても心配です。このようなメディアでの取り上げられ方では、また犠牲者が増えていくでしょう。

性的自傷、トラウマ再演、性化行動、性的虐待順応症候群、解離症状について、社会で知識と対応、ケアを共有する必要があります。特に、こういった人が多く存在するのが、芸能に関わる世界や、アダルトビデオ、個人配信SNS、性売買の世界です。そこにおいて、搾取が行われることをどのように防ぐか、関わる人たちが考えていかなければいけません。サバイバーの苦しみや過剰適応を搾取する加害をやめてほしいのです。

また当事者も自身がなぜこのような性的な行動をするのか、知識がないことがほとんどで、自分には、この道しかない、ここでしか自分を輝かせるステージはないのだと信じ込みがちです。今回の記事が本当に必要な人に届くことを願います。

性に関わることを話題にすることを「エッチ」と回避したり、揶揄したりする風潮は、日本の教育が性教育、人権教育を棚上げにしてきたことに起因していて、性教育が市場化され、「素股」などの性売買業者による搾取側に都合の良い手法をいかにも正しいもののように流布されるという加害的状況があります。

「生命の安全教育」が学校教育で始まりましたが、自己責任論と抱き合わせて性的同意を教える流れが多く、被害者の自己責任ばかりを問う教育から、加害しない教育に変えていく必要もあります。性売買の問題、性暴力からの性的自傷、トラウマ再演についても学校教育で学べると、性搾取を減らせるかもしれません。

現在、性的自傷、トラウマ再演の治療は、医学的に多くの方法があり、それぞれにあったアプローチを選ぶことができます。『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』にも治療アプローチが紹介されています。

私自身は、なかなか合う療法が見つからなかったのですが、人として大切にされる経験により、性的自傷から回復しました。私の経験は、アエラへの取材でも話し、noteにも書きました。

追記

白川美也子医師が「トラウマの再演」について解説したNHKweb記事

◉参考文献

フリージャーナリスト

郡司真子

ご意見は、メールでお願いします。komaken602@gmail.com

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